今年の4月末に、愛犬ラウさんがお空に還っていきました。 出会いは2006年暮れの事、 片手に乗るくらいの小さな小さな仔犬で、 2007年の年明け早々に我が家に迎え入れた日の事を 今でも忘れていません。 あちこち一緒に旅をしました。 忘れられない光景は山ほどあって… 唯一の飛行機旅になった、九州への旅行は殊に忘れがたいです。 クレートに入ったラウさんと、無事にまた博多空港で会えるまで 心配で不安でしかたなくて、 彼のクレートが見えた瞬間にほっとして本気で泣いた事もありました。 普段は物静かなのに、インターホンが鳴った時だけは、 猛烈な勢いで吠えまくったり。 人間の涙を何より悲しく感じていたようで、 泣くと顔をすぐなめまくってくれた事。 いつも鍵盤の下で、誰よりも私の弾く音を聞いてくれていた事。 …だめだ、これ以上書けそうもないや。 13年間、いっしょに生きてくれてありがとう。 彼の曲を作ろうと思い、単音のメロディを五線譜に書いて、 それに合うコードを探していって、仕上げました。 (個人的には普段、あまりしない手法ですが、 この曲ではあえて、曲の大半のコードをダイアトニックから外して 意図的に『思い出を彷徨っているイメージ』 『ペットさんたちが旅立つと言われている虹の橋ってどんなところだろうか』 そんなイメージでのコード進行にしてみました) 曲名をつけてくださったのは、 Magaki Zanzoさん。 「a little mentor」(=小さな助言者) ラウさんへの感謝の気持ちや思い出を、といった話しか伝えてなかったのですが、 私が思うラウさんの姿に、一番ぴったりな言葉を つけていただいたと思っています。 赤子の頃の息子とラウさん↓
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今年の4月末に、愛犬ラウさんがお空に還っていきました。
出会いは2006年暮れの事、
片手に乗るくらいの小さな小さな仔犬で、
2007年の年明け早々に我が家に迎え入れた日の事を
今でも忘れていません。
あちこち一緒に旅をしました。
忘れられない光景は山ほどあって…
唯一の飛行機旅になった、九州への旅行は殊に忘れがたいです。
クレートに入ったラウさんと、無事にまた博多空港で会えるまで
心配で不安でしかたなくて、
彼のクレートが見えた瞬間にほっとして本気で泣いた事もありました。
普段は物静かなのに、インターホンが鳴った時だけは、
猛烈な勢いで吠えまくったり。
人間の涙を何より悲しく感じていたようで、
泣くと顔をすぐなめまくってくれた事。
いつも鍵盤の下で、誰よりも私の弾く音を聞いてくれていた事。
…だめだ、これ以上書けそうもないや。
13年間、いっしょに生きてくれてありがとう。
彼の曲を作ろうと思い、単音のメロディを五線譜に書いて、
それに合うコードを探していって、仕上げました。
(個人的には普段、あまりしない手法ですが、
この曲ではあえて、曲の大半のコードをダイアトニックから外して
意図的に『思い出を彷徨っているイメージ』
『ペットさんたちが旅立つと言われている虹の橋ってどんなところだろうか』
そんなイメージでのコード進行にしてみました)
曲名をつけてくださったのは、 Magaki Zanzoさん。
「a little mentor」(=小さな助言者)
ラウさんへの感謝の気持ちや思い出を、といった話しか伝えてなかったのですが、
私が思うラウさんの姿に、一番ぴったりな言葉を
つけていただいたと思っています。
赤子の頃の息子とラウさん↓